ふしぎ工房症候群Premium.1 「もうひとりの天使」
語り:三木眞一郎
聞き取り&翻訳:KAEDE
無断転載禁止
日本語台本
01オープニング
日常で起こる、些細で不可思議な出来事。
それが人の思考と行動に影響を与えていく過程と結末を知りたいとは思いませんか。この物語はあなた自身の好奇心と願望に基づいて構成されています。
ともしれば見落としてしまいがちないつもの風景の中に、あなたがふしぎ工房を見つけることができるように、お手伝いしましょう!
02君はもういないんだね…
ウエディング‐ドレスに身を包んだ娘とバージンロードを歩く。その先に新郎が待っている。新郎に娘を手渡すと僕は参列の席に戻り、二人の誓いの言葉を聞く。
その光景を見つめながら僕は昔のことを思い出していた。もうどのくらいの時が流れてたのか。あっと言う間だったきがする。あれはまだ娘が小学校に上がる前のことだった。
妻が眠っている。安らかな寝顔だ。じっと見つめているといつものように薄らと目を開け「おはいおう。」っと可愛らしい唇を小さく動かして、語りかけてくる気がしてならない。つい昨日まで妻が生きていたころと同じように。
幼い娘が言った「ママは何時まで寝ているの」っと。僕は娘の手をきゅうっと握り締めたまま黙っていた。
乳癌だった。発見が遅かった。数奇発見して際いれば、悔やんでも悔やみきれない現実を前に、僕たちは呆然とした。それでも、妻は懸命に生きようとした。胸を切除という女性にとって心底辛い手術を受け抗癌剤治療にも必死に耐えた。
そして、いつも笑顔を絶やさないように明るく振舞おう一方で人知れずがいっていた。今でも、よく覚えている。手術が終わって初めて自分の体を見た妻が悲鳴を上げた。泣きじゃくる妻を僕はただ抱きしめることしかできなかった。
納棺され、通夜、告別式をおえて、妻は火葬場と運ばれた。目の前で妻が焼かれてもまだ実感がなかった。灰と骨になった妻を見ても頭の中が真っ白で、何も考えられなかった。
お清めを済ませ遺骨を持ち帰って玄関のドアを開けた時「ただいま。」っといている自分がいた。いつものように、「お帰りなさい。」っといって妻が出てくるような気がしていた。家の中はしんとしたままだった。自分が抱き抱えている遺骨に目を落とした「君はもういないんだね」。
娘と二人きりになった夜、娘が妻の遺影を見て「ママは何時帰ってくるの」っと聞いた。
娘を抱きしめ僕はできるだけ穏やかな声で言った「ママは天国に行ったんだ。だからもう帰ってこないんだよ。」。
娘は「いやだ!」と泣いた。
僕も堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出て、止まらなかった。
娘を抱きしめながら妻の最後の言葉を思い返していた。「ごめんなさい。この子をお願いします。私は幸せでした。」妻はそう言うとにっこりと微笑んで旅立った。
「今日だけは泣こう。でも、明日からはしっかり生きなければ。死んだ妻のためにもそしてこの子のためにも」心に誓いながら僕は泣き止まない娘を一層強く抱きしめた。
「大丈夫。パパがいるから。絶対大丈夫。」そういう僕の声も涙で掠れ震えていた。
03 この子を助けて!
妻がいなくなって、僕はすぐにも思い知らされた。子育てと仕事の両立。それが如何に大変か頭でも分かっていたものの、実際となると土崩にくれることばかりだった。
朝は早起きして朝食を作り、娘を保育園に送ってから仕事に出る。仕事が終われば、すぐに娘を迎えに行き。帰ってからはお風呂を沸かし、夕食の支度をする。娘を寝かしつけてから洗濯押し、慣れない妻夫を模した。それが終われば、明日の仕事の準備をする。残業ができない分、家に仕事を持ち帰っているんだ。床の着くのは深夜になる。娘を起こさないようにそっと布団に入る。もう感傷に浸っている暇はなかった。
ある時仕事が押して、娘を迎えに行くのは遅れた。もう皆帰っていて一人残させた娘は保育士の先生に遊んで貰っていた。
「すみません、遅くなって。」
駆け込むと、娘が「パパ」といて走り追ってきた。娘の後ろで先生が仕方なさそうに言った。
「お仕事がお忙しいのは分かりますが、時間を守って頂かないとこちらも困るんです。それにお嬢さんをひとりぼっちにさせてはかわいそうです。」
「ああ~分かっています。本当にご迷惑をかけして、すみません。」
しかし、その後も、仕事の関係で何度も迎えが遅れ、その度に先生に怒られた。何より、娘が一人で淋しそうにしている姿が辛かった。
「君さえいてくれれば」僕は妻を奪っていた神様を恨んだ。そんな僕を気づかってか幼い娘が「パパ、一人でも大丈夫だよ。」っと言った。でも、夜中に「ママ」っという娘の寝言を聞くとどうしょうもなく悲しくなった。僕は段々と自信を失っていた。
見かねた両親が娘をあずかると言ってくれた。でも、僕にはそれをどうしてもできなかった。両親は地方在中のため、今の仕事を辞めなければ、娘と離れ離れに暮らすことになってしまう。ましてや、妻と過ごした思い出の詰まったこの家を離れる気にはなれなかった。
「大丈夫だから。心配しないでいいよ。時々様子を見に来てくれればそれでいいからさあ。」
せっいっばいの強がり。でもそれは決断のできない心の弱さの裏返しでもあった。思い出の中に気を落とす僕は、まだ、妻が死んだことを受け入れられずにいた。
苛々が積もったある夜、つい娘に怒りをぶつけてしまった。なかなか野菜に手をつけようとしない娘を前に僕はテーブルを強くたたいた。
「なぜ野菜だけ食べようとしない。パパがせっかく作ったのに。」
娘はビックっとし「ごめんなさい。」といって泣いたわ。
「もう、いい。食べなくっていいから。部屋に行ってなさい。」
娘はもじもじしていた。たぶん、お腹が空いているんだろう。でも、野菜だけ食べないなんて許せない。
「速く行けったら。」
泣いて駄々をこねるこめる娘を無理やり抱き抱え二階の寝室に連れて行き、ドアを強く閉めた。僕は階段を駆け下りでリビングに戻った。その時、事故が起こった。ドッスンという鈍い音が背後に聞こえた。泣きながら僕の後を追ってきた娘が階段から落ちたのだ。
「はっああ~」
蹲ってぐったりしている娘に駆け寄り、抱き上げようとして、僕は悲鳴に近い声を上げた。頭からドクドクト血が流れている。急いで近くのティッシュを取り、何十枚も重ねて何度も傷口に当てるが血が止まらない。床も血だまりになっている。娘の名を呼ぶが返事がない。意識を失っている。
「う、僕は何ってことを…」
震える手で携帯を持ち急いで119番した。救急車が到着するまではあまりに長く感じ僕は狼狽えた。
「は、速く娘を助けてください。」
救急車に同乗し、娘の手を強く握った。心の中で何度も妻の名を呼びこう叫んだ。
「どうか、どうかこの子を助けて。」
04 辛い選択
幸い傷はそう深くはなく、CTの結果も異常は見当たらなかった。娘も意識を取り戻した。僕はほっと胸を撫で下ろすと同時に妻に感謝した。「きっと君が助けてくれたんだね。」
さすがに傷口を縫う時は病院の廊下にまで、娘の悲鳴が響き渡り。僕は思わず耳を塞いでしまったが、気がつくともう深夜になっていた。
病院からの帰り道、僕は眠ってしまった娘を背負いながらある思いにとらわれていた。この先本当に大丈夫なのか。もしかしたら、この子の為にも、うちの両親に預けたほうがいいんじゃないのか。さびしい思いをさせず済むんじゃないのか。
何度も自問したみたが答えは出ない。明日はこの子のそばにいよう。そして、また考えよう。僕は明日の仕事を休むことにした。
「おはいおう。」薄らと朝日が差し込んで目を覚まして娘に声をかけた。
眠い目を擦りながら娘も「パパ、おはいおう。」っと言った。頭の包帯がまだ痛々しがった。
僕は娘の頭にそっと手をやり、優しい声で言った。「今日は保育園お休みしていいんだからね。」
すると娘が「パパはお仕事行かなくちゃ行けないでしょう」っと不安顔で聞いた。
「パパね、今日はお仕事お休みんだ。だから、一日ずっと一緒にいられるよ。」
娘が嬉しいそうに抱きしめていた。
この日は絵本を読んだり、お絵かきしたり、折り紙を作ったりしながら、一日中娘と一緒に過ごした。娘の話も沢山聞いてあげた。保育園にはどんな友達がいて、どんなふうにして遊んでいるのか。先生は優しくしてくれるのか、とか。
娘は本当に楽しそうだった。僕も楽しかった。こんなふうに親子で過ごすのはずいぶん久しぶりだったように思う。
夜、娘を寝かしつけると僕はそっと寝床を抜け出し、携帯をとった。
「母さん、夜遅くにごめんね。実は、相談があって。」
携帯を置いてから僕はすやすやと眠る娘の寝顔をずっと見続けていた。
一週間経ち、娘の罰しも済み、日曜日の朝。両親が家にやってきた。久しぶりの孫との再会に、二人とも嬉しいそうな顔にしていた。
「元気にしてたか。うん…もう傷は大丈夫そうだな。」
父が抱き上げると娘もキャキャと喜んだ。母も父から娘を受け取り、抱き寄せると「えらかったわね。」っと言ってほうずりをした。
僕は娘の目を覗き込むようにしていた。「今日はお爺ちゃんとお婆ちゃんが遊んでくれるからね。」
娘は「パパは」っと言った。
「パパはね、今日はどうしてもしなくちゃいけないことがあるんだ。だから、その間お爺ちゃんとお婆ちゃんの言うことをよく聞いて遊んでもらうんだよ。」
娘は「うん」っと言った。両親を見た。両親はにこやがな笑顔を娘に向けた。
「そうだ、今日は動物園に連れていて上げるぞ。な~行きたいだろう。」
父の言葉に娘ははしゃいだ。そういえば、僕は娘をまだ動物園にも遊園地にも連れていたことがない。改めて娘がかわいそうになった。「ごめんな。こんなパパで。」心の中で呟くと僕はせっいっばい明るい声を出した。
「さあ、お出かけしておいで。今日はいっばい遊べるからな。」
楽しそうに両親と手を繋いで歩く娘の後姿を見送った。娘は何度も振り向き「行っています」っと言った。部屋に戻ると、僕は妻の遺影の語りかけた。
「これでよかったんだよね。」
写真の中の妻はにっこりと微笑んだままだった。
05 パパだいすき
僕は娘の荷物や着替えをダンボールに積め、実家に送る準備をしていた。すると娘の机の引き出しに『パパへ』と書かれた折り紙を見つけた。そこには、「お仕事頑張ってね、パパだいすき!」っとクレヨンで書かれていた。僕に渡すつもりでしまってやったんだろう。僕は時間が経つのも忘れて、それをずっと見つめていた。娘との想い出が次から次へと浮かび、涙が頬を津だった。
突然、玄関のチャイムが鳴った。
「誰だろう。こんな時間に。」
玄関を開けるとそこに、目を真っ赤にして泣きはらした娘がいた。後ろに両親が困ったような顔して立っていた。
娘が「パパ」と叫んで抱きついてきた。そして、泣きじゃくった。
「あ~」僕は戸惑いを隠せなかった。
母が辛そうな声で言った。
「動物園で遊んだ後、いったんは電車に乗せたんだけど、帰り道が違うって泣き出して。ずっとお前のことを呼んでいたんだよ。それで、仕方なくひきかえてきたんだよ。」っと。
娘は「ワアワア」声をあげて泣きながら言った。
「ママもいなくなって。今度はパパもいなくなっちゃうの。パパも嫌いになったんの。パパ、一人にしないで。ねえ~パパ、いい子にしてるから。」
最後のほうはもう声がかすれて、聞き取れなかった。
僕は込み上げる涙を堪えきれず。娘を強く抱きしめた。
「ごめん!本当にごめんな。パパどこにも行かない。お前とずっと一緒にいるから。だから、パパを許しておくれ」僕も声を上げて泣いた。
娘が寝た後、父が心配そうに言った。
「お前本当に大丈夫か。」
「うん、まだ自信はないけど頑張るよ。本当に迷惑をかけてごめん。今夜はも遅いから泊まっていて。」
「そか、また困った時にはすぐに言うだぞ。」
母も孫がふびんで仕方がないと目に涙をためていた。そして、僕に十分体を気をつけるように何度もねんごうをした。
「分かってる。ありがとう。」そう言いながら、また妻の遺影に目をやった。「大丈夫。君が見守ってくれるから。力を貸しってね。」そう心の中で呟き妻を見つめた。写真の中の妻は相変わらず微笑んでいた。
そしてまもなく娘は小学の入学式の日を迎えた。
「パパ、はやく!遅れちゃうよ。」っという娘の言葉に促されて急いでネクタイを締める。
「お、分かってるよ。えっと、ビデオカメラもデジカメも持ったし。もう忘れ物はないな。よし、行こう!。あ~ちょっ!おい!待って!おい~」
娘にひっばられ玄関に向かってから思い出したように足を止めた。
「そうだ。あれ。」
娘と一緒に振り返り、声を揃えた。
「ママ、行ってきます。」
学校に着き、入学式が始まると僕はビデオカメラが回しながら感無量になった。ここまでくるのは大変だったけど、これからまた娘の新しい生活を始める。娘はいい子に育っている。だから僕も頑張らなくちゃ。
周りを見渡すと両親揃ってきている姿が結構見られた。僕は片親だからといって。けして娘を寂しい思いをさせるものかと心に誓った。しかし、本当に大変なのはこれからだったんだっと僕は後に思い知らせることになる。